「38歳にもなって、泣くほどの恋をするなんて思ってもいなかった―――」
年齢を重ね、仕事でも立場のあるポジション、生活も落ち着いている。
でも、恋愛には臆病なアラフォー女性・大山みさと。
10歳年下の彼との関係に悩むアラフォー女性が幸せをつかむまでの物語。
「私なんて…」ネガティブを捨て、幸せを掴んだオンナ
3度目の偶然
「難しいのはわかってます、でも、なんとかお願いします。」
月曜の帰り道、この日も珍しく定時で退勤し、駅前の薬局で買い物を済ませて歩いていると切羽詰まったような男性の話し声。
声のする方を見ると、私に水をくれたソムリエの彼・萩原くんが電話で誰かと話している。
「どうしてもそれじゃないと駄目なんです。……はい、そうですね。よろしくお願いします」
真剣な表情で相手にそう伝え、電話を切った。
ふうっとため息をついて彼が顔を上げた瞬間、目が合ってしまった。
慌てて目をそらすのもおかしいかなと思い、彼に会釈し、立ち去ろうとすると
「ミサトさん!」
彼に呼び止められた。
***
「急にお誘いしてすみません。」
『いえいえ』
私たちは住宅街の中に佇む小さなリストランテでグラスをあわせていた。
彼から一杯だけ、と誘われ誘われるがままに来ちゃったけど、何を話せばいいのか…気まずそうにワインに口をつけた。
「さっきはちょっと変なところ見られちゃいましたよね」
さっきの電話のことだろう。
『ううん、大丈夫。大変そうね。』
「2年前から仕入れたいとお願いしていたワインがあって。手に入りそうだったんですが、コロナとか色々あって入手が難しくなってるみたいで…」
普段の快活そうな彼からは想像できないくらい寂しそうな顔。
きっと彼にとっては重大なことなんだろう。
『そうなんだ…、コロナが落ち着くまで、だと遅いのかな?』
「……はい、来月の父の還暦の誕生祝いでプレゼントしたくて。父もソムリエなんです。今は引退しちゃったんですが」
『お父さんもソムリエなんだ…!親子2代でソムリエって素敵ね』
「ありがとうございます。でも父には迷惑ばかりかけていて、少しでも恩返しできたらって」
その後、彼が父子家庭で育ち、男手ひとつで育ててくれたお父さんとの関係や絆について話してくれた。
父がソムリエを目指すきっかけになったワインを還暦祝いでプレゼントしたいと思っていることも。
「たぶん間に合わないだろうな。誰が悪いわけじゃないんですけど、このご時勢だから仕方ないですよね」
沈みながら諦めるようにつぶやく彼を慰めたいと思った。
『でも、お父さんも萩原くんがこんなに必死にワインを探してくれてるって知ったら喜ぶと思うよ。気持ちが何よりも大切。素直な感謝の気持ちが一番のプレゼントになるはず…』
そう伝えると、彼の顔がほころんだ。
「ありがとうございます!」
彼と話していると心が洗われる。綺麗な心をもった彼が眩しくて、煽るようにワインを飲んだ。
***
「今日はありがとうございました。」
『こちらこそ、誘ってくれて、ありがとう』
「ワインの件でちょっと気分が沈んでたんですが、ミサトさんと話して、何だか気持ちが落ち着きました。」
『ふふ、それなら良かった』
そう笑みをこぼすと、荻原くんは
「よかったら、LINE教えてくれませんか?」
『あ、うん…』
そしてLINEを交換すると、荻原くんは嬉しそうにスマホをしまった。
「またミサトさんと飲みたいです、お誘いしますね」
眩しい笑顔でそう言われて、またキュンとしてしまった。
『(危ない…彼は10個下…だめだめ、私みたいなオバサン。)』
38歳…アラフォーの重み
萩原くんとLINE交換してから1ヶ月。
彼から音沙汰はない。
「”またミサトさんと飲みたいです、お誘いしますね”」
心の隅っこで、彼の言葉を信じて、待ってしまっていた私がいた。
もし、私が彼と同じ28歳だったら、自分から連絡していたかもしれない。
でも私は38歳。10個も年上のアラフォー私から連絡するなんて、とてもじゃないけどできない。
『それに、こんな枯れきった私に恋愛なんて…』
自虐的につぶやきグラスに入ったワインを飲み干した。
いつも通りお気に入りのYouTubeチャンネルを開くと広告が表示された。
いつもはスキップしてしまう広告、だけど目についた”誰にも相談できない大人の恋専門の占い”?
私が抱くこの気持ちは恋なんかじゃないと思いながらも、モヤッとした気持ちを納めることができずサイトを開いてみた。
ウララカという電話占いのサイトらしい。
『電話占い…』
TVでもよく見かける有名占い師の書籍を買ったり、実は占いには少し興味があった。
電話占いは初めてだけど、初回特典もあるし、モヤッとした感情を私のことを知らない人に素直な気持ちを打ち明けてみたかった。
誰に相談しようか少し迷ったけど、サイトの中でのランキングでも上位の占い師で
今すぐ鑑定ができる新絆(にいな)先生に相談してみることに。
***
「はい、お待たせいたしました。新絆と申します」
想像していたより優しい声に少しホッとした。
自分の名前と今の状況をざっくり伝えると
「そうなんですね、そうしたらミサトさんを通して荻原さんのお気持ちを視ていきますね」
少しの間の沈黙の時間が過ぎ、そして、新絆先生が話しだした。
「彼のお気持ちがちょっと視せていただきまして、彼もちょっと臆病になってるみたいね。
多分、あなたが彼に対して一線引いてないかしら?あなた自身の態度に不安を感じてるみたい」
核心をつかれた気がした。
『私、彼よりも10個年上だから、私なんて相手にしてくれないと思って…、私も別に好きなわけじゃないですが…」
「うーん、そんなことないですよ、彼自身はあなたをもっと知りたい、会いたいって思ってるみたい。
あなたの一線をひく態度にイマイチ押していいのか、どうしようか戸惑ってるみたい」
『そうなんですか…』
半信半疑でそう問いかけると
「うんうん、あなた自身の態度が変われば、彼との関係が進展するかもしれない。彼が大事にしているのは年齢じゃないんですよね」
『そうなんですね…、でも、この歳で、恋愛で傷つくのは怖いんです。
仮にそんな若い子と付き合っても捨てられたりしませんか…?』
「不安なのは、わかるんだけどね。ただ、彼との相性はとてもいいから、恋愛関係になっても全く問題ないですよ。」
優しくもはっきりとした鑑定に少し安心感を覚えた。
『でも、じゃあどうすれば』
「あなた次第かもしれないですね。もし、彼との未来を望むなら、一つでもわかりやすい好意を示してみて下さい。例えば、あなたから連絡してみるとか」
『私から連絡……』
「ミサトさんはちょっと年齢にとらわれ過ぎているかもしれないですね、まずは自分が自分を愛さないと」
そんな先生の言葉に「10個下なんて絶対駄目」とがんじがらめの自分の気持ちがほぐされていくのがわかった。
「どうせ私なんて」という気持ちで、自分から連絡するのをためらっていたけど、断られてもいいか、誘ってみようかな。
初めての電話占いで、少しの勇気をもらった私は新絆先生に御礼を伝えて吹っ切れたような気持ちで電話を切った。
2回目のデート
荻原くんとのLINEを開く。やり取りしたメッセージは1通もない。
とりあえず、シンプルに誘ってみようか。
”こんばんは。先日はありがとうございました。よかったら来週の月曜、同じ店で飲みませんか?”
送信ボタンを押す前にチェック。
うん、当たり障りのない内容、送信っと。
送ったメッセージはすぐに既読になり、そして……
”ありがとうございます!月曜大丈夫です!ぜひ!僕もお誘いしようと思ってました”
すぐに返信がきたこと、OKの返事にほっと胸をなでおろした。
***
約束の日。
仕事を定時に終わらせ、約束のお店に向かうと彼が座っていた。
「ミサトさん、こっちです」
『もう着いてたんだ!お待たせしました』
席につくと荻原くんオススメの白ワインを注文し、乾杯した。
私の仕事の話や、最近観た映画の話だったりと他愛もない会話で気づけば23時を回っていた。
荻原くんは、酔いが回っているのか、トロンとした目で少し眠そうに目をこすっている。
『もう良い時間だし、そろそろ帰ろうか?』
そう言うと荻原くんはパッと目を見開いて
「まだ大丈夫です!もうちょっとだけ…」
『無理しなくても、明日も仕事でしょう?』
「でも、せっかくミサトさんが誘ってくれたのに」
そうしょんぼりする姿が、何だか可愛くて笑ってしまった。
そんな私に荻原くんは、急に真剣な眼差しを向けた。
「俺なんて、相手にされないと思ってたんですが、……俺、ミサトさんのこともっと知りたいんです。
ワインを美味しそうに飲むとことか、かわいいなって思ってます…」
急な発言に驚き固まっていると、萩原くんは続けて…
「……すみません!急にこんなこと言われても引きますよね」
混乱している頭の中で、占い師の新絆先生に言われた「わかりやすい好意を示して」という言葉が蘇った。
『……ううん、私も荻原くんのこともっと知りたいな』
今の私の嘘偽りない本当の気持ち。年齢なんて関係ない。彼のことをもっと知りたい。
荻原くんはその言葉に嬉しそうに顔を綻ばせた。
「すっげぇ嬉しいです。次は俺から誘いますね。」
行き着いた答え
あの夜から1年。
今は恋人になった荻原くんこと、誠一から、実家に招待された私。
居間に入ると、写真で見たことがある彼のお父さんが座っていた。
「ミサトさん、ここに座って。父さん、こちらミサトさん。」
『はじめまして、大山ミサトと申します』
「はじめまして、ミサトさん。いつも誠一がお世話になってます」
穏やかに笑う目元が彼に似ていてどこかホッとする。
そして、彼は一本のワインを取り出した。
「父さんがソムリエになるきっかけになったワイン、やっと見つけたよ。
父さんと、家族になってほしいと思っているミサトさん3人で飲みたかったんだ」
そう、あのワイン。還暦のお祝いには間に合わなかったけど、手に入れることができたのだ。
彼のお父さんは感慨深そうにワインを見つめ
「こんな幸せなことはないな。ありがとう。お前は俺の誇りだよ。ミサトさんも、どうか誠一をよろしく頼むよ」
少し涙目のお父さんにつられて私も涙目になりながらも返事をした。
『はい』
***
アラフォーだから恋ができないと決めつけて、若い子に嫉妬していた私はもういない。
大嫌いだった自分を少し好きになったら、愛された。
自分を変えれるのは自分だけなんだから。