「38歳にもなって、泣くほどの恋をするなんて思ってもいなかった―――」
年齢を重ね、仕事でも立場のあるポジション、生活も落ち着いている。
でも、恋愛には臆病なアラフォー女性・大山みさと。
10歳年下の彼との関係に悩むアラフォー女性が幸せをつかむまでの物語。
「もう私っておわってる…?」チャンスを逃し続けたオンナ
孤独な週末ルーティン
「「「お疲れ様でした~!」」」
『はーい、お疲れ』
金曜の夜18時、きゃっきゃと楽しそうに退勤していく後輩たち。
そして、彼女たちは会社を出た後、顔も見ずに返事をした私の悪口でも言っているんだろう。
退勤前にトイレで揃って化粧直しをしていたから、合コン?この忙しい時期に。
まぁ、アラフォーの私には関係ない。
『(ふう…あと一息…)』
そう意気込んで、週明けクライアントに提出するためのデータをまとめていた。
****
『終わった…』
気づけば、23時。金曜のこの時間になるとオフィスには2~3人しか残っていない。
部署には私ひとりだけ。誰に挨拶するでもなく、荷物をまとめオフィスを出た。
金曜のうるさい飲み屋街をすり抜け、駅に向かう。
職場から家の最寄りまで乗り換えは1回、JRで池袋まで出て、私鉄に乗り換え20分。
駅に到着すると、24時間営業のスーパーでハイボールと割引のお惣菜を購入し、店を出た。
誰もいない部屋に帰宅し、シャワーを浴び、部屋着に着替えソファに座り、ハイボールをあける。
『おつかれさまでした、っと』
一週間頑張った自分への”ねぎらいの言葉”。
そして、スマホを横に向けテーブルの上にあるテッシュに立てかけ、YouTubeでお気に入りの動画を開く。
YouTubeを見ながら売れ残りのお惣菜でハイボールを飲む。
ここまでが私の金曜のルーティン。
数年は、毎週毎週同じことの繰り返し。歳を重ねるごとに、1週間の感覚がどんどん短くなってるような気がする。
このまま、40歳になって、50歳になって、おばあちゃんになっちゃうのかな……なんて思いながら、今日もソファで寝落ち。
変えたいと思ってないといえば、嘘になる。でも変えるつもりもない。
何だか面倒くさい。
そんな孤独な週末ルーティンを繰り返す私に大きな転機が訪れるとは、この時は微塵も思ってもいなかった。
最低最悪の出会い
年度末で忙しく残業続きの帰り道。
何だか気持ち悪い……お昼に食べた青魚にあたった…?早く家に帰って休みたい。
最寄りの駅をおりて、家までの道を歩いていたが、歩いているのもつらくなり、うずくまる。
『(最悪……こんなところで…でも動けない……)』
朝、コンビニで飲み物をかったときにもらったビニール袋があったはず、とバッグの中を漁っていると、後ろから声をかけられた。
「あの、大丈夫ですか……?」
見上げるとラフな格好をした若い男性、大学生だろうか?
大丈夫です、と返事をしようとした瞬間、急に吐き気がおそってきて、手に持ったビニール袋に嘔吐してしまった。
それを見た男性は慌てた顔をして、何も言わずにその場を去っていった。
『(はぁこんなところ見られるなんて…でもよかった、どっか行ってくれた)』
そんなことを思う反面、若くてかわいい女の子だったら助けてもらえたのかな、と少し卑屈な考えを巡らせていると、少し吐き気が収まってきた。
そして、再び立ち上がろうとすると、後ろから声が。
「あの、大丈夫ですか?お水買ってきたんで、よかったら、どうぞ」
先程の男性が心配そうにこちらを覗き込み水を差し出してきた。
『え…!あ、ありがとうございます!』
そんな、まさかの展開に驚きながらも、お水を受け取り、一口飲むと少し落ち着いた。
「よかった、あ!すみません。俺ちょっと急いでて…失礼します。お大事にしてください」
『ありがとうございます……!』
唖然としながらその後ろ姿を数秒見送っていたが、ふと我に返り、自宅へと歩を進めた。
運命の再会
名前も知らない彼から、水をもらった3週間後。
その後、体調も良くなり、新年度に入って仕事も落ち着き始めていた。
そんな中で、久々の金曜の定時上がり。
ヨガで知り合った近所に住む友人と、駅前にオープンしたバルで飲もうとお店で待ち合わせ。
一度、帰宅し楽な服装に着替え約束の店にむかった。
「いらっしゃいませ」
金曜でオープンしたてということもあり、お店は少し混雑していた。
友人が予約してくれていたため、名前を告げると席に通された。
カウンターの一番奥。高めの椅子に腰掛けメニューを見ているとスマホが震えた。
友人からのLINE。
“本当にごめん…!少し仕事が長引いて30分くらい遅れそう…先に飲んでて”
友人は池袋の美容院で働いている。
今日は早番ということだったが、少し長引いているらしい。
”全然大丈夫”と返信し、店員に声をかけ、ビールを注文した。
「お待たせしました」
カウンター越しにビールを渡され、受け取ろうと店員の顔を見ると…
『あれ…?もしかしてあの時の…』
「え?あ!この前道端で…!」
水をくれた名前も知らない彼だった。
あんな醜態を見られた彼と再会し、少し気まずいと思いながらも、はっと我に返り、
『あの時はありがとうございました。ちゃんと御礼もできず、あ、お水代…』
そういうと、彼は手を横に振り
「いいんです、いいんです!あの後、大丈夫でしたか?」
『はい、お恥ずかしい姿、見せてしまって。お陰様で無事に帰宅できました』
「よかった、ちょっとお店に戻らなきゃで、逆に中途半端ですみませんでした。」
『とんでもない、ありがとうございました』
そんな会話をしていると、友人が店に入ってきて
「ごめーん、遅れちゃって……!」
席についた友人が彼にビールくださいと注文すると、彼はかしこまりましたと一礼し
「お気になさらず今日はごゆっくりして行ってください」
そう微笑んでビールを注ぎに行ってしまった。
「あれ?知り合い?」
『いや…知り合いというか実は…』
友人に一通り話していると、彼がビールを注ぎ終えて戻ってきた。
「聞いたよ、君!優しいね~!名前は?いくつ?」
ぐいぐいと質問する友人にも、接客慣れしているのか、物怖じせずに彼はにこやかに答える。
「萩原と申します、28歳です」
てっきり大学生くらいかと思ってたので、年齢を聞いて驚いた。でも私とは10個差……。
軽く自分の年齢に打ちひしがれている私を横目に友人が更に質問を重ねる。
「荻原くんかぁ…!このお店の社員さんなの?」
「まだ見習いですが、ソムリエの勉強をしていまして、マスターに新しい店オープンするからって声をかけていただきました」
「声をかけられるなんてきっと優秀なんだろうね」
友人が感心していると彼がそんなことないです、と謙遜し
「おふたりともワインはお好きですか?よかったら僕のオススメ召し上がっていきませんか?』
『ワイン、好きなんだよね。せっかくだから、萩原くんのオススメでいただこうか』
私がそう答えると嬉しそうな顔で「ありがとうございます」と私たちに一礼し、ワインを選びに席を離れていった。
その後、彼が選んだワインとそれに合う料理を楽しんだ。
お会計を追えて、店を出ようとしたとき、カウンターから出てきた彼が、私達に名刺を渡してくれた。
「今日はありがとうございます。またいつでも寄っていってください」
そう言った彼の人懐っこい笑顔にきゅんとしてしまう自分に恥ずかしさを覚え、少しそっけない返事をして、お店を出た。
『(10個下の男なんて、ありえないから…!)』
そう自分に言い聞かせた。
この時は、まさか自分が彼とどうこうなるなんて思ってもいなかった。